第一幕 一気に現実へ引き戻される。 真っ先に目に飛び込むのは、木造の天井。 ハスターが身を起こすと、簡素な造りのベッドが軋んだ。 …何の夢を見ていたんだっけ? 覚えてはいない。 けれど、自分を見つめる2色の瞳だけが瞼に焼き付いて離れない。 嫌な汗が体中に纏わりついている。顔に張り付いた黄金の髪を手ではらう。 静寂の中で荒い息の許、辺りを見回す。激しく打つ鼓動の音だけが響いた。 海へ突き出した岬の上に建てられたこの家には、何時も波の音が届く。 しかし、今はその音も聞こえなかった。波打つ鼓動。熱い血潮。 一間しかない粗末な家。備え付けの木棚には、木を彫り出して作った写真立てが立ててあった。 裸足で床へ降りる。夜の空気に冷えた床は気持ち良く感じた。 夜が明けるまで、まだ数刻余りあるだろう。 鼓動が震え、起き掛けで覚めない筈の頭は酷く冴えていた。 (…呼んでる) 何かに導かれるまま、夢遊病者の様なふらつく足取りで扉を目指す。 金属で作られた取っ手を掴むと、そのまま外へと歩みだした。 …唄が、聴こえた。 悲しげで、儚くて…そうかと思えば感情の全く込もらない、無機質な唄に変わる。 空は暗く深い闇だった。 けれど、近い所に微かな光を見出し、ハスターは目を瞠った。 緩やかにウェーブがかった漆黒の髪を腰ほどまで下ろし、歌う少女が居た。 年はハヤテよりも1つか2つ程下だろう。あどけなさの残る顔は白く、幻想的だった。 顔だけではなく、細い手も、衣の中から僅かに覗く細い喉も皆透き通る様に白く、その美しさ故に人間には見えなかった。 花など咲いていない筈なのに、鮮やかな紅色の花弁が周りを舞う。 「…ぁ…」 頬を熱いものが伝う。驚いた。泣いたのなんて何年振りだろう? 少女はハスターの存在を感じ取った様だった。謡うのを止め、ハスターに瞳を向ける。 右は澄み渡った青空のような蒼。左は血の様な赫。 ――同じだ。夢に出てきた瞳と。自分の心を捕らえて放さない、悲しい瞳と。 「…あなたは、違うのね」 少女は感情の無い冷たい声でハスターに呼びかけると、睫毛を伏せ、ハスターに背を向けた。 「……わたしの」 半端な場所で言葉を切ると、歩き出す。広がる、暗い深い森の中へ。 「あっ…待っ」 慌てて呼び止めようとするハスターの声には耳を貸さず、少女は闇の中へ溶け込んだ。 「…待って、くれよ」 ハスターは言い切れなかった言葉を静かに呟くと、行き場を失くした右手を下げた。 判らないけれど、本当に何も判らないけれど。 少女は酷く切なげだった。 だから。 だからハスターは、少女を追う事にした。 >>運命ハ廻ル>> 窓を閉じてお戻りください。