第二幕



深い闇に包まれた、森の中で。

「其処で止まれ」

足を止める。酷く無機質な。

声がした方を見上げれば、木の上に青年が立っていた。

蒼の髪。それよりも更に深い、藍の瞳。

額には真っ赤な石―欠けていて半円だった―が埋め込んである。

歳の頃は成人したか、してないか。

5mはあるだろう高さから身軽に飛び降りた青年を、ハスターは真っ直ぐに見据えた。

「何処へ行く?」

「分からない」

相手は眉を顰めた。正直に答えたつもりだ。

少女を追っているのだから。

彼女が何処に行くのか分からない。だから、己が何処へ行こうとしているのかも分からない。

「人を見なかったか?黒い髪の子」

今度は聞き返す。

青年は答えなかった。

代わりに左手でしなやかな細剣を抜き取ると、ハスターに向ける。

「・・・な」

山賊、とかかな?そうは見えないけど。

「丸腰なのか」

驚いたように、青年が訊く。

隠す必要も意味も無いだろう。素直に頷いた。

少しの沈黙の後、青年は額の石に右の中指を当てる。

紅の光が迸り、右手には片刃の剣が収まっていた。

ハスターに向かって其れを投げる。剣はハスターの足許、柔らかい土に突き刺さった。

「抜け…俺を倒せば、此処は通してやるよ」

何を考えているのかと、驚いて青年を見つめる。

深い藍の瞳は何も映していなかった。感情も。

虚無だけが蔓延る瞳。

酷く悲しそうな其れから眼を逸らし、足許の剣をに視線を移す。

「・・・・・・」

剣なんて、使った事が無かった。

養父は命を奪う事を一番の禁忌としていたし、ハスター自身も其れに共感を覚えていた。

けれど、

今この剣を抜かなければ、悲しい双眸をしたこの青年は、きっと迷わずに俺を刺すだろう。

細めの柄を握って、引き抜く。想像以上に重い。

青年は斜めに立ち、肩越しにハスターを見た。

ハスターも剣を構える。足が微かに震えている気がする。…否、気のせいではないだろう。

真っ直ぐに青年の瞳を見つめれば、

青年が、眼を細めて微笑った。

世の全てを嘆く様に。俺の弱さを哀れむ様に。


「聖炎のナイアーラトテップ、推して参る」

剣が唸る。

顔目掛けて真っ直ぐに突き出された細剣を、ハスターはすんでの所で受け止めた。

(勝てる筈無いだろ…!)

けれど、素早い剣戟の嵐を、ハスターは全て受け流した。

身体が、腕が、勝手に動く。まるで剣が己を導いているように。

剣を受け、流し、その隙をついて斬り込む。

剣に身を任せれば、剣はどんどん青年を押していった。

青年の瞳に、焦りが走る。

今度はハスターの剣が唸り、青年の細剣は数メートル後ろへ弾き飛ばされた。

「・・・くっ」

剣はそれでも攻撃を止めない。

真っ直ぐに青年の胸を、心の臓を目指し、そして。





「うあああっ!」

ハスターが叫ぶ。

腕に精一杯力を込めて、剣の起動を変える。

剣は狙いを外し、螺旋を描いて、青年の足許へ突き立った。

「な・・・っ」

青年は驚いた様だった。

ハスターは青年の前に立った。突き立った剣は其の侭に。

「へへ、俺の勝ち…だよな?」

鼻を擦って、誇らしげにそう言う。

「止めを刺さないのか?」

冷静に、否、冷静になろうとしながら、青年が訊いた。

「別に…必要は無いだろ?其れに、今のは俺の実力じゃないよ」

剣が勝手に動いたんだから。そう言って笑えば、青年は眉を顰めた。

「・・・剣が?」

「あれ…あんたがそういう…魔法?かけて動かしてたんじゃ…」

「いや、あれは意思を持つ筈の無い、只の剣だ」

「へぇ・・?」

まぁいいか、と呟く。―決して良くはないだろうが。

青年――ナイアーは何かを考え込んだ様だった。

「森を抜けるんだろ?俺も付いていく」

「へ?」

ナイアーはおどけて笑ってみせ、地に突き立った剣を引き抜いた。

やるよ、とハスターの手に握らせる。

ハスターは少し迷った後、己の腰に巻いた革帯へ差し込んだ。

「俺は強いぜ?お前よりは弱いみたいだけど、な」

ナイアーは笑っていた。楽しそうに。

笑っていた、筈、なのに。

瞳は未だに深く暗く、泣いているようにも見えた。

この青年は何がそんなに悲しいんだろう。

俺と一緒に来たいのなら、そうさせるべきだろうか?

ハスターの養父は酷く慈悲深かったし、その思いをハスターも引き継ぐつもりだった。

俺と一緒に来れば、彼の悲しみは和らぐだろうか。

にっこりと笑って、返した。

「俺で良かったら」





何処か楽しそうに歩く少年の後について歩く青年は、微笑っていたのか、泣いていたのか。

長めの前髪は彼の表情を覆っていた。まるで彼の心まで覆い隠す様に。

誰にも聞こえないように呟いた言葉は、数世紀前まで使われていた古代の言葉。



ごめんな、と。






>>瞳ノ氷ガ融ケル日ヲ信ジテ>>










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