第三幕
深い森を歩き続ければ、だんだんと辺りの景色は違うものになってきた。
森の中に見えてくるのは沢山の廃屋。
皆が屋根を無くし、壁も半分程しか残っていなかったけれど、其れは変わった文明を持つようだった。
「ナイアー、此処は?」
尋ねたハスターに、けれどナイアーは首を振る。
「実は俺さ、大分最近まで眠ってたんだよ。100年位前に暴れすぎて」
だから分かんねぇ、と肩を竦めるナイアーを、少年は気遣う。
「眠って、た・・?今起きてて大丈夫なのか?」
「ああ、今はもうすっかり元気、ありがとな」
笑って礼を言う青年は何処か悲しげだったけれど、廃屋に気を取られていたハスターは気付かなかった。
「何かの遺跡かな?お、ナイアー、ちょっとこれ読んでくれよ」
さっき出会って、しかも殺されかけたというのに、少年は親しげに青年の名を呼ぶ。
ナイアーは苦笑しながら近付いて、ハスターの指す壁に刻まれた文字を見た。
「光・・・失くし・・我等・・誓う・・・イース、の民・・ここから先は掠れて読めないな」
「・・イース?・・・・うわっ!?」
ハスターの問いは、地の底から響き渡る唸りに掻き消された。
大きな地響きと共に、ふいに、ハスターの足元にあった石床が開く。
「う、わぁぁぁっ!!」
「ハスター!」
其の侭声を上げて落ちてゆくハスターを見て、ナイアーは身を乗り出したが、その時にはもう、穴の中に少年の姿は確認出来なかった。
「ん・・・っ」
頬に水滴が落ちて、冷たさに目を覚ます。
身体を強く打ちつけたらしく、所々が傷んだが、幸い酷い傷は無いようだ。
地下だろうか、明かりが無い所為で辺りを確認する事は出来なかった。
「さてと・・どうすっかなぁ」
「・・誰だ」
突然かけられた声に、思わず手が剣の柄へと伸びた。未だに持つ事には慣れないが、無いよりはましだろうと。
声は左方からだった。じっとその方向を見つめていれば、ハスターが己を見る事が出来ないと気付いたらしく、火が灯る。
小さな火で浮かび上がったのは少年だった。
ハスターよりも歳はやや下か同じ位。暗い為良くは確認できないが、切り揃えた茶色の髪型は少女の其れのようで、顔立ちも少女に近かった。
「此処は我が先祖達の神聖なる場所。直ちに出て行け」
「先祖・・って、君は」
状況が全く掴めない。混乱するハスターは、だが急に投げ付けられた短刀を見て動きを止める。
「問答無用!」
「え、わ・・良く分からないけど・・ごめんなさい!」
少年が2本目の短刀を構えるのを見て、ハスターは慌てて立ち上がった。
そうすれば、少年も短刀を構えた手を下げた。荒っぽい奴。顔は大人しそうなのに。
「出ろったって・・出口が分からないんだよ。俺、落ちてきたから」
「落ちてきた・・?まさか上の遺跡からか?」
少年の問いに頷けば、彼は驚いてまさか!と叫んだ。
「あそこは我等イースの民にしか開けない筈だ!どうやって入った!」
やばい。また怒ってる。
「し、知るかよ!行き成り足元が開いたんだって・・わっ!」
再び短刀が飛ぶ。頭の後ろに突き刺さった其れを見て、額に汗が流れた。
「貴様、神の僕か・・此処で討つ!」
言うが早いが、少年は腰から長剣を抜いて走り出す。
(全く状況が掴めない・・けど)
怒りに剣を振るうも、少年の腕は確かな様だった。
(逃げた方が良さそうだっ!)
出口なんて分からないけど。最初に少年が来た方向に走れば、きっと見付かるだろう。今は彼から逃げる事の方が大事だ。
慌てて走るハスターの横を、また1つ、短刀が掠って飛んでいった。
走っても走っても、暗闇に慣れてきた目は同じ様な場所しか映さなかった。
まるで迷路のような其処を走り回るが、次第にハスターの体力も磨り減ってくる。
「・・くっそ・・」
遺跡の壁に背を預けて荒い息を整えていると、撒いたと思っていた少年が近付いてくる足音が聞こえた。
「やべ・・っ」
逃げようとするが、其処は偶然にも高い壁に3方を囲まれている場所で。
少年の足音が近付く。
此処までか、と覚悟を決めて、腰の剣に手を当てた、その時。
壁だと思っていた所から細い手が1組伸びてきて、組み合わさる様にハスターの口を塞いだ。
「・・・・ッ!?」
抵抗も出来ぬ侭、壁に開いた隠し扉の様な物に引き込まれる。
ハスターを飲み込んだ扉は再び堅く閉じる。
少年は気付かずに去って行った様だった。
それを確認したかのように、手はハスターの口を離れる。
否、其の手の持ち主が離した、と言った方が良いのだろうが。
手が離れると共に勢い良く振り向いた少年を見て、其の人物は苦笑した。
「嫌だなぁ・・助けてあげたんだから、もっと感謝してよね」
高くて柔らかい声から、少女だという事が分かる。
「君は・・」
「とりあえず、此処は出た方が良いよ。付いてきて」
質問を遮られ、手を掴まれて引かれる。此処は信用して着いて行くしか無いだろうと、ハスターはされるが侭付いていった。
暗い迷路の様な場所を迷いも無く数分程進んだだけで、2人は明るい場所へ出た。
明るい所で、伸びをする少女をじっと見つめる。
少女は淡い茶の髪を頭の斜め上で2つに結び、露出は少ないながらも大胆な服装をしていた。其れは何処かの民族衣装の様でもあった。
「あたしはイグ。15歳、誕生日は秋風の月12の日、趣味も聞きたい?」
ハスターの視線に気付いたのか、イグと名乗った少女はぺらぺらと自己紹介を始めた。
「あ、趣味はいい」
ハスターはきっぱりと断り、
「そっか、残念」
イグは悪戯っぽく舌を出した。
「ところでさ、キミ、これからどうするの?」
「んー・・森の中で連れと別れちゃったんだ、戻らなきゃ」
そう言ったハスターに、少女はそれは無理、と肩を竦めた。
「え・・何で・・?」
理由を問うたハスターに向かって、少女は手を広げ、前屈みになる特殊な礼をする。
「此処は地上じゃない。その地下の空間に広がる地下世界」
状況が飲み込めないハスターを見て、少女は再び悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ようこそ」
>>歓迎シマスヨ?>>
窓を閉じてお戻りください。